堀川@大阪です。
こんにちは。久しぶりに上海から帰ってきました。約3週間でたまったcn-infoメールが469通。よくもこんなにたまったもんです。こちらはおいおい拝見します。あと、本来なら、上海や通貨の事など、述べるべきことは幾つかあるはずですが、帰ってきてみて、非常に気にかかることがあるので、まずそちらから述べることにしましょう。内容は、表題に関わらず、中国と言うより、むしろ日本のことが中心なのですが、一日本人として、これだけは言っておきたいという内容なので、お許し願いたく思います。
帰ってくると長野オリンピックが既に始まっていて、テレビなどを見ていると、オリンピック一色に浮かれているような感じですが、その裏で、実は、日本外交は大変な決断をしようとしていることにお気付きでしょうか。言うまでもなく、対イラクの外交交渉です。帰ってくるなり、テレビのニュースを見てびっくりしました。日本がイラクを脅しているではありませんか。
詳細は1998年2月14日付けの日米共同新聞発表をご覧いただければ分かりますが、要約すると(アメリカ主導の)国連安保理決議を完全に受け入れることを要求する。条件について妥協の余地はない。受け入れない場合は、全ての措置をとる準備がある。ということです。一般的な外交常識に照らしてみれば、これは、最後通牒で、条件を飲まなければ、これから戦争を始めるということに他なりません。なぜ、いま、日本はこのように強硬な対応をイラクに対して取らなければならないのか。「平和国家」という日本の国是はどうなったのか、大変な危惧を覚えざるを得ません。
もちろん、今回の決定の裏には、湾岸戦争でのもたついた対応が日本の国際的名声を失墜させたという「反省」があることは承知しています。また、イラクの生物・科学兵器開発が、国際社会に一定の安全保障上の不安を与えていることも確かでしょう。しかし、湾岸戦争と今とでは、状況が全く違うということに気付かなければなりません。
まず、湾岸戦争では、イラクが既にクウェートを「侵略」しており、武力による侵略はいかなる理由があろうとも許さないというのが(積極的)「平和国家」とすれば*、湾岸戦争でイラクに武力行使するのは、必ずしも「平和国家」の枠を超えたものではないということです。
*「平和国家」についての考え方についてはいろいろあり、たとえ自国が侵略されても抵抗しないという消極的なものから、他国の第三国に対する武力行使も許さないという積極的なものまでいろいろあります。しかし、仮にこの積極的なものであったとしても、相手の武力行使前に相手に武力行使することは「平和国家」の枠を超えたものと考えます。というのは、相手が本当に武力行使するかどうかは、極めて判断の難しい問題であり、一歩間違えると、自国の他国に対する侵略となりかねないからです。他国が自国に対して直接脅威を与えている場合でも、自国から他国に先制攻撃をかけるのが「平和国家」の枠をはみ出すものなら、他国が第三国に脅威を与えている段階で他国に先制攻撃を加えるのが、「平和国家」の在り方から大きくはみ出すものであることは、疑いのない事でしょう。しかるに、日本は、今、まさにそれをしようとしています。
もちろん、仮に開戦になっても、日本の自衛隊が直接にイラクに戦いを仕掛けに行くことはないでしょう。なぜなら自衛隊は、先制攻撃の可能な「軍隊」ではなく、あくまで戦いを仕掛けられたときに始めて対応する、「専守防衛」のための軍事力だからです。
しかし、たとえ自衛隊が出て行かなくても、アメリカの対イラク先制攻撃に同意し、アメリカに追随してイラクに条件遂行を強要し、さらに開戦後に戦費を拠出するなら、これはあきらかに日本のイラクに対する戦争行為に他なりません。少なくとも、外交上の常識ではそうです。このような行為は、憲法のいう、「国権の発動たる戦争」に当たるでしょうし、たとえ日本が「戦争はしていない」といったところで、国際社会の常識からは、日本は戦争をしているとみなされるでしょう。
また、湾岸戦争時は、イラクがクウェートにすでに侵攻しており、イラクがクウェートから自主的に撤退しない限り、クウェートの主権回復には武力行使しか選択の余地がありませんでしたが、今は違うでしょう。まだイラクは実際の侵略行動を何一つとっていません。ただ、生物・科学開発の疑いがあるというだけでしょう。それなら、何もイラクの国家主権を踏みにじる、あたかも無条件降伏のような、大統領官邸を含めた全ての国内施設に立ち入り検査するといった強行手段を取る必要はないはずです。
考えてもみてください。仮に日本に何か問題があるとして、外国人が首相官邸に殺到してガサ入れするようなことを日本国民として容認できるでしょうか。イラクの立ち場に自分を置いて見れば、アメリカの要求が、いかにイラクの国家主権を踏みにじり、面子を失わせるものであるか分かるはずです。
とはいっても、イラクの生物・科学兵器開発が、国際社会に重要な不安定要素を与えていることは確かでしょう。しかしイラクにはイラクの言い分があります。アメリカは既に世界最大の大量破壊兵器所有国なのですよ。アメリカに許されて、なぜ自国に許されないのかというのが、イラクの正直な本音でしょう。一国は一国として平等というのが国連の建て前ですからね。
このように考えれば、イラクの面子を立てた上で、実際にイラクの生物・科学兵器開発をやめさせるという妥協案は必ずあるはずです。実際にロシアはその線で解決の道を探っているし、中国もそれに理解を示して武力行使には反対しています。なぜアメリカは相手の立ち場を理解せず、実質的な平和的解決手段が取れないのでしょうか。また、なぜ日本は「平和国家」としての立ち場を超えてまでアメリカに追随しようとするのでしょうか。
さらに、アメリカと日本は、この破廉恥な要求を「国連安保理決議」と称していますが、実際どうでしょうか。確かに手続きとしては安保理の決議を経たのでしょう。しかし、実際には五大国中、露中仏の三ヶ国が実力行使に反対し、妥協の道を探っているではありませんか。このような状況下で、一切の妥協を許さないといった決議が、はたしてどれくらいの正当性を持つのか、十分に吟味する必要があります。
以上のことから、これまでの惰性で日本がアメリカに追随することの大きな危険性が分かったはずです。日本の外務省は外交の専門家なのだから、こういった危険性は十分に理解しているなずなのに、なぜそれでもアメリカに追随するのか、私の理解を超えています。日本はアメリカの属州ではなく、独立国なのですから、しっかり自分で判断して、自分にとって最良の選択をすべきはずですし、また出来るはずです。今ほど惰性で動くのが怖い状況はありません。
今回の様な動きは、周囲の国から、アメリカの尻馬に載って威嚇する、好戦的な国と見られても仕方がないものです。たとえ日本がその様に思っていなくても、外交上の常識で判断する限り、周りからはそう見えるのです。惰性で動いていて誤解される。これほど怖いことはありません。
我々も、中国を見習って、自分の理念に忠実に、また、(欧米中心の国際社会ではなく)真の意味での国際社会(特にアジアの近隣諸国)に理解される行動を取る必要があるでしょう。
もちろん、中国がイラクに対して寛容なのは、これまでのイラクとの軍事的結び付きの強さによるものというポイントを落とすつもりはありませんが、少なくとも、平和的解決に向けて妥協をはかるという中国の対応は、特に第三世界から好意的に見られるでしょうし、「平和国家」的な動きとして歓迎されることは確かでしょう。
また、中国に見習うということは、別に、日本として、中国に追随せよというのではありません。あくまで独立国として、自らの理念に忠実に動くという姿勢を学べということです。このように動けば、それはそのまま、「平和国家」という自らの理念に沿うものになるはずですし、また少なくとも今回に限っては、結果的に中国と同様の動きになるはずです。そして、その結果を利用して、中国との関係を好転させることも可能なはずです。これが外交というものでしょう。
最後に、一日本人として、改めて、惰性ではなく、自分の理念に沿って頭で考え、周囲の国から誤解されることなく、歓迎される外交を日本が展開することを切に希望します。
1998.2.14 大阪 堀川 哲朗